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2011.02.04

不滅の音、世界遺産級

朝日新聞に掲載された、町田康によるキャプテン・ビーフハート追悼文、書き起こし。画像アップしてくれた人ありがとう。

不滅の音、世界遺産級
キャプテン・ビーフハート氏を悼む
町田康 パンク歌手、作家

ドン・ヴァン・ヴリートという人が昨年末に六十九歳で亡くなった。
ドン・ヴァン・ヴリートの死亡時の肩書は画家であったが、彼は一九八〇年頃まではキャプテン・ビーフハートという名前で音楽を作っていた。

その音楽はとりあえず分類すればロックという範疇に属するのだろうけれども、そのように分類するのが躊躇せられるくらいに凄かった。どれくらい凄いかというと、一度、キャプテン・ビーフハートの音楽を聴くと、いま一般にその範疇で凄いと思われている、例えば、ビートルズとかジミ・ヘンドリックスとかレッド・ツェッペリンとか、そんなものがゴミカスにしか思えないくらい凄かった。ましてやもっとこっちゃらの音楽などはキャプテン・ビーフハートに比べるとミドリムシの溜息でしかない。マディ・ウォーターズ、オーネット・コールマンといった巨匠もキャプテン・ビーフハートを尊敬していた。フランク・ザッパは高校の連れである。

と言うと、キャプテン・ビーフハートの音楽がどんなだったか、ということを知りたくなるのが人情というものであろう。よござんす、説明いたしましょう。と言って、まあ、基本的にブルースがあって、つまり、ブルースとモダンジャズと現代音楽を足して二で割ったみたいな音楽や、と言って説明できているかというと、まあ確かにそんな感触もあるけれどもそういうものでもないように思う。

じゃあなにか。もっとも印象が近いのは、ナスカの地上絵、とか、イースター島のモアイ像とか、飛鳥の酒船石、といった、いったいどういう訳で、どういう目的でここにあるのかまったくわからないのだけども、訳のないまま、というか、訳・理由みたいなものを、その存在によって圧倒し、無効化しつつ存在するもの、である。

そもそも音楽というものには、ほぼ自然とも言うべき、固有の訳、というものがあり、どんな複雑で難解な音楽もその訳の外にはない。

ところがキャプテン・ビーフハートの音楽はその、訳、の外にあるのであり、はっきり言って私はキャプテン・ビーフハートの音楽は世界遺産に指定されるべきであると思っている。

一個人がなんでそんなことをなしえるのか。そのことを考えると小説みたいなことになっていくのでいまこの場では言えぬけれども、キャプテン・ビーフハートの音楽はさほどに凄かったのである。

私がキャプテン・ビーフハートを知ったのはいまから三十三年前である。当時、大阪大学の学生だった科伏さんという人に教えてもらった。
一発でぶっ飛んで、ぶっ飛ばされたままいまここにいる。

キャプテン・ビーフハートの音楽は、大多数の、消費者は王、と思いこみつつ、その実、飼い馴らされた、砂糖菓子を最上の美味と心得ている感覚の奴隷の口に当然合わず、当時は探すのに随分と苦労したが、いまは簡単に入手できるので、心が動く、真に感動することを厭わぬ人はぜひとも聴いていただきたい。

そのうえで、さらにキャプテン・ビーフハートのことを知りたい人は、『キャプテン・ビーフハート』(マイク・バーンズ著・茂木健訳、河出書房新社)や『キャプテン・ビーフハート/ルナー・ノーツ』(ズート・ホーン・ロロほか著・小山景子訳・水声社)といった評伝を読むとよろしいわ。

十年くらい前、キャプテン・ビーフハートの代表作にして、世界遺産級の名作、「トラウト・マスク・レプリカ」を自宅で聴き、なにをするにしてもすべてがここにある、と思った。その思いはいまも変わらない。ビーフハートは死んだけれどもビーフハートの音楽は不滅です。

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